麿赤児

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麿赤児:83歳の舞踏家・俳優が語る人生と芸術、そして息子との意外な関係

麿赤児(まろあかじ)という名前を聞いたことがあるだろうか。日本の現代舞踏界の巨匠であり、数々の映画やドラマで存在感を放つ俳優として、その名は芸術ファンの間で長く親しまれてきた。近年、彼の名前が再び注目を集める理由の一つは、息子で人気俳優の大森南朋との意外な親子関係が多くのファンに知られたからだ。80歳を超えた今もなお、創作意欲を絶やさないこのアーティストの軌跡と、その影響力を探る。

80歳を超えた創作活動と今なお続く評価

2024年7月、麿赤児は5年ぶりの神戸公演となる「クレイジーキャメル」を開催した。81歳という年齢を経てもなお、自ら主宰する舞踊カンパニー「大駱駝艦(だいらくだかん)」を率いて舞台に立つその姿は、単なるレジェンドとしての存在感を超えて、現代においても通用する表現者であることを証明している。

この公演は神戸文化ホールの50周年を記念した一大イベントであり、麿が率いる「大駱駝艦」の男女4人のダンサーによるパフォーマンスが披露された。公演に先駱けけて行われた取材会では、81歳の麿が15歳の少女の表現をどう演じるかという問いに対して、彼は「年齢は関係ない。肉体そのものが記憶を持っている」と語ったという。この言葉には、長年の舞踏修行で培われた「暗黒舞踏」の本質が込められている。

舞踏家としての確固たる地位

麿赤児は1943年、石川県生まれ。早稲田大学中退後、1964年に唐十郎の「状況劇場」に参加し、俳優としてのキャリアをスタートさせる。しかし、彼が本当に目覚めたのは舞踏の世界においてだった。土方巽に師事し、1972年に「Dance桃杏マシン」を発表して以降、独自の舞踏スタイルを確立。暗黒舞踏集団「大駱駝艦」を主宰し、国内外で数々の公演を重ねてきた。

この舞踏家としての活動は、単なる身体表現ではなく、日本の伝統的な身体論や精神性を追求する極めて現代的なアートとして高く評価されている。

歌舞伎役者 麿赤児 舞踏家 80代 動きのある写真

俳優としての多面的な活動と代表作

舞踏家としての活動と並行して、麿赤児は俳優としても確固たる地位を築いている。その演技力は、時代劇から現代劇まで幅広い作品で発揮されている。

映画・ドラマでの代表的な役柄

NHKアーカイブスの記録によれば、麿の代表的な出演作には、映画『関ヶ原』や『ターコイズの空の下で』、ドラマ『ファーストクラス』、『コンフィデンスマンJP』などが挙げられる。特に、2024年放送のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、明智光秀の謀反を阻止せんとする斎藤道三の役を演じ、80代とは思えない迫力のある演技で視聴者を圧倒した。

この大河ドラマへの出演が、息子の大森南朋との親子関係を世間に知らしめるきっかけとなった。大森は自身のSNSに、父・麿が斎藤道三を演じるシーンと自身の写真を並べて投稿し、「そろそろ83歳の父親とそろそろ54歳の息子です」とコメント。この投稿には多くのフォロワーから「親子だったのですね」「似てるなーと思ってたら知らなかった」などの驚きの声が寄せられた。

親子関係とその背景

大森南朋は、麿赤児とその妻との間の次男として生まれた。大森自身も俳優として活躍しており、近年ではフジテレビ系ドラマ「ラムネモンキー」などに出演。その演技は父譲りの存在感で知られる。

意外な親子関係の背景

この親子関係が多くのファンに知られなかった背景には、両親が離婚し、大森が幼少期から別居していたという事情がある。大森は2024年9月9日放送のテレビ朝日系「徹子の部屋」に出演した際、自身の生い立ちについて語っている。

「父は舞踏家で俳優の麿赤兒、母も1960年代から70年代にかけて新宿界隈ではいろいろな意味で有名だった人。子どもの頃から両親は別居して...」と語る大森。その環境の中で、彼は「自分は'まとも'に生きたい」という思いを抱きながら成長してきたという。

このエピソードからは、芸術家としての麿赤児の人生と、それを取り巻く家族関係の複雑さが垣間見える。一方で、大森は父のことを「そろそろ83歳の父親」と affectionate に表現しており、現在は良好な関係を築いていることが窺える。

麿赤児の生い立ちと人生哲学

麿赤児の人生は、芸術家としての道のりと並行して、複雑な家庭環境の中で形成されてきた。

軍人家族としての出生とその後

本名は大森宏。1943年、石川県金沢市で生まれる。父は大日本帝国海軍軍人で、中佐としてテニアン島に赴任していた。しかし、テニアン島の戦いで手榴弾による自決という悲劇的な最期を遂げた。父の死後、特進して大佐となったという記録が残る。

この父の死が、麿の人生に大きな影響を与えたことは間違いない。父を亡くした後、母親は精神を病み、小学5年生の時に奈良県桜井市三輪山麓に転居。その環境の中で、彼は芸術という道に目覚めていった。

早稲田大学中退と芸術への転換

早稲田大学を中退し、1964年に唐十郎の「状況劇場」に参加したことは、彼の人生の転換点となった。唐の唱える「特権的肉体論」を体現する俳優として活動する一方で、舞踏家・土方巽に師事。1970年代初頭から本格的な舞踏活動を開始している。

このように、麿赤児は単なるアーティストではなく、戦争の傷跡や家族の悲劇といった深い人生体験を背負った芸術家として、今日まで活動を続けている。

大森南朋 麿赤児 親子 写真 2画面

現代における麿赤児の意義と影響

80代を超えた今もなお、創作意欲を絶やさない麿赤児の活動は、日本の現代アート界において重要な意味を持っている。

舞踏界への影響

暗黒舞踏というジャンルにおいて、麿は土方巽に続く重要な存在として位置づけられている。彼が主宰する「大駱駝艦」は、若手舞踏家を育成する場としての役割も果たしており、日本の舞踏界の継承に貢献している。

特に、80代の高齢でありながらも、15歳の少女の表現を演じ

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