トムクルーズ

トム・クルーズの「国宝」熱意が支えた、日本の女形の世界へようこそ

ハリウッドが称賛、日本の匠の技が世界へ

ハリウッドの超大物スター、トム・クルーズ。彼が近年、異例の熱意を注いでいるのが、日本の映画『国宝』（監督・石井裕也）に対する支援活動です。2025年12月、トム・クルーズはロサンゼルスで『国宝』の上映会を開催。渡辺謙さんからの手紙をきっかけに感銘を受け、自らハリウッド関係者への異例の売り込みを試みたと報じられています。

このニュースは単なるハリウッド有名人の話題に留まりません。日本の伝統芸能である「女形（おんながた）」の魅力と、その裏で支える凄腕の振付師・中村壱太郎さんらの存在が、世界的な注目を集めているからです。この記事では、トム・クルーズの行動がもたらした波紋と、日本の「国宝」級の文化が今、どう世界に受け入れられようとしているのかを深掘りします。

トム・クルーズが「国宝」にかけた異例の熱意

トム・クルーズが日本の映画『国宝』に注いだ熱意は、単なる観劇以上のものです。読売新聞オンラインの報道によれば、彼は2025年12月13日、ロサンゼルスのホテルで同作の上映会を開催しました。この上映会は、トム・クルーズが自らのオフィスを改装して用意したほど手厚いもの。その動機となったのは、共演経験もある渡辺謙さんからの手紙でした。

渡辺謙さんからの言葉に感銘を受けたトム・クルーズは、ハリウッドのスタジオ幹部や俳優らに、この日本映画の面白さを直接伝え回ったとされています。ハリウッドで日本映画を積極的にアピールする機会は珍しく、この行動自体が大きな話題を呼んでいます。彼の支援の背景には、俳優としての表現の幅を広げたいという探求心と、渡辺さんとの信頼関係があると推測されます。

映画『国宝』の凄腕、女形指導の裏側

トム・クルーズが絶賛した『国宝』の最大の見どころは、何と言っても「女形」の描写の正確さです。この映画の女形所作指導を担ったのが、歌舞伎役者で振付師の中村壱太郎さん。AERA DIGITALの記事では、中村壱太郎さんが、女形としての美しさと精神性を語っています。

中村壱太郎さんによれば、女形は「女優」ではなく、あくまで男性が演じる「男の芸」であるとのこと。その所作の根底には、女性の美しさへの憧憬と、それを作り出すための徹底した鍛錬があります。中村壱太郎さん自身、映画出演の経験もある尾上右近さんを「ライバル」と位置づけ、「一緒に闘ってきた」という気持ちを語るほど、その世界には深い絆と競争意識が存在します。

この厳格な芸道の世界を、石井監督率いる映画チームは丹念に映像化。トム・クルーズが感銘を受けたのも、この「男が作り出す究極の美」に対する敬意と、その表現のクオリティの高さに他ならないでしょう。

『国宝』海外展開での波紋と「女性の描き方」への指摘

一方で、『国宝』の海外展開を巡っては、思わぬ波紋も生まれています。現代ビジネスの記事は、興収歴代1位を記録した同作が海外で公開される中、「女性の描き方」を問う声が上がっていることを指摘しています。

日本の歌舞伎や女形の文化は、その歴史的背景から、女性役を男性が演じる「変換」の芸術です。しかし、現代の海外の視点から見れば、「なぜ女性俳優がメインで演じないのか」という疑問や、女性の描き方として不自然に映る可能性も孕んでいます。梨園（りえん）と呼ばれる歌舞伎界を支える女傑たちの実像を描く一方で、国際的な文脈においては、その表現の仕方が誤解を生むリスクもはらんでいるのです。

これは、日本の伝統芸能を世界に発信する際の、普遍的な課題でもあります。文化の独自性を守りつつ、どうグローバルな理解を得るか。映画『国宝』は、その境界線をどう歩むべきかという難しい課題に直面しています。

日本の伝統芸能が注目される世界的トレンド

トム・クルーズの行動や『国宝』への注目は、より大きな文脈の中に位置づけられます。それは、グローバルなエンターテインメント市場における「日本文化」の地位の変化です。

かつてハリウッドが日本文化を扱う際は、異国情緒あふれるオマージュや、単なる奇抜な要素として扱われがちでした。しかし近年では、日本独自の美学や精神性、職人技を真摯に描こうとする作品が増加。『君の名は。』に代表されるアニメ文化に始まり、『SHOGUN 将軍』のような歴史ドラマ、そして歌舞伎の世界観を描く『国宝』へと繋がっています。

トム・クルーズが個人的に支援するという形は、ハリウッドの「インインインインクルージョン（包含）」の潮流と重なります。特定の文化を尊重し、その真価を世界に伝えるための努力が、結果としてエンターテインメントの質を高め、新たな観客層を開拓するという好循環を生み出しています。中村壱太郎さんが尾上右近さんとの関係で示した「闘い」の精神は、まさにこの時代に求められる、文化への深い愛情の表れだと言えるでしょう。

今後の展望：トム・クルーズの次の一手と『国宝』の行方

トム・クルーズの『国宝』支援が、具体的に何に繋がるかはまだ不透明です。しかし、確かなのは、彼の行動が日本映画とその文化への新たな扉を開いたことです。

一つの可能性として、トム・クルーズ自身の次回作への影響が挙げられます。彼は常に自身の演技の幅を広げることに貪欲です。『国宝』で描かれた女形の所作や、その精神性が、彼の将来の役作りに影響を与える可能性は否定できません。あるいは、この人脈を活かし、日本発のストーリーをハリウッドで共同制作するような動きにも繋がり得ます。

一方で、『国宝』が海外で直面した「女性の描き方」への指摘は、無視できるものではありません。今後、日本側がどう国際的な対話を行い、文化の違いを埋めていくかが鍵となります。これは単なる映画の販促の問題ではなく、日本のポップカルチャーが世界で真に理解されるための、実践的なステップとなるでしょう。

トム・クルーズという巨大なフィルターを通じて、日本の「女形」という極めて特殊で美しい芸術が、世界の多くの人々の心に届く日。その第一歩が、今、踏み出されたのかもしれません。