ベネチア

ヴェネチア・ビエンナーレ2026：米国パビリオンの芸術的混乱とその行方

イタリア北部の美しい水の都、ヴェネチア。その名は今、世界の現代アート界の最前線である「ヴェネチア・ビエンナーレ」と密接に結びついています。歴史あるこの国際芸術祭は、2026年を控え、特に米国パビリオンをめぐる一連の出来事により、前所未有的の注目を集めています。選出から撤回、そして新たな選出へ――。その裏側で何が起こり、何が求められているのでしょうか。

この記事では、米国パビリオンをめぐる確執と、新たな代表として浮上した彫刻家、アルマ・アレンへの期待を掘り下げます。

米国パビリオンを巡る波紋：選出と撤回の内幕

2026年のヴェネチア・ビエンナーレを目前に、米国パビリオンの芸術家選出を巡る一連の報道は、アート界に衝撃を与えました。当初、米国を代表するアーティストとして選出されたのは、彫刻家のロバート・ラザリーニ氏でした。

しかし、2025年11月5日付のワシントン・ポストの報道によると、この選出は事実上「崩壊した（fell apart）」とのことです。同紙の記事では、ラザリーニ氏と米国側の間で何らかの意見の食い違いや調整が難航した可能性が示唆されています。これは単なるアーティストの交代ではなく、国家としての美術館（パビリオン）の運営方針と、個々のアーティストの芸術的表現の間で、何らかの軋轢が生じたことを示唆する深刻な事態です。

The U.S. chose an artist for the Venice Biennale — then it fell apart. — The Washington Post (2025年11月5日)

この混乱は、ビエンナーレという大きな祭典の裏側で、国家プロジェクトが抱える複雑な人間関係やプロセスの難しさを浮き彫りにしました。

急浮上した新星：アルマ・アレンの選出

ラザリーニ氏の撤退というハプニングの後、米国パビリオンを担う次期アーティストとして、迅速に新たな名前が挙がりました。それが、彫刻家として知られるアルマ・アレン氏です。

芸術専門誌のARTnews.comは、2025年11月の時点で、米国がアルマ・アレン氏を2026年ビエンナーレ米国パビリオンの代表に選出したと報じています。この発表は、混乱した状況を早期に収拾し、2026年への準備を着実に進めるための、関係者の強い意図を感じさせます。

Sculptor Alma Allen Reportedly Picked to Represent United States at 2026 Venice Biennale — ARTnews.com

アルマ・アレン氏は、木材や青銅を用いた有機的かつ官能的な彫刻で知られるアーティストです。自然の形態を抽象化した彼の作品は、静けさと生命力を同居させ、鑑賞者に独特の没入感を与えます。その作風は、伝統的な彫刻の枠組みを超えた独自の世界観を構築しており、国際舞台での展示が非常に楽しみな作家の一人です。

背景にあるもの：ヴェネチア・ビエンナーレの重要性

なぜ、どのアーティストが選ばれるかがこれほどまでに話題になるのでしょうか。それは、ヴェネチア・ビエンナーレが、単なる美術展ではないからです。

1895年に始まったこの祭典は、世界で最も歴史のある、そして権威のある国際芸術祭です。特に「国家パビリオン」として各国が独自の館を構えて展示を行う形式は、文化的外交の場、そして現代アートのトレンドを発信する最重要イベントと位置づけられています。

米国パビリオンは、ヴェネチアの軍事施設跡であるガルデーニ地区に位置し、每次期のビエンナーレで、米国を象徴する最新のアートを世界に発信する役割を担っています。したがって、代表アーティストの選出は、その年の米国の文化政策や、アート界におけるスタンスを国内外に示す機会として、極めて重要視されています。

現在の状況と今後の展望

現在、ラザリーニ氏の撤退理由について公式な詳細は公表されていませんが、ワシントン・ポストやHyperallergicなどの信頼できるメディアがこの事実を報じていることから、何らかの確執やプロセスの問題が存在したことは確実です。

一方で、後任として選出されたアルマ・アレン氏を巡る期待は高まっています。彼の彫刻作品は、国際的な評価が確立されているものの、ビエンナーレでの大規模な個別展示という形での発表は、彼のキャリアにおいても新たな局面となるでしょう。

2026年開催のヴェネチア・ビエンナーレは、単なる美術祭としてではなく、「一度は破綻し、再び再建された国家プロジェクト」としての側面も持つことになります。この一連の出来事は、アートの世界においても、プロジェクトの安定性と創造性を両立させることがいかに難しいかを示す教訓とも言えます。

まとめ：混乱から生まれる新たな芸術の形

ロバート・ラザリーニ氏の撤回という不測の事態を経て、アルマ・アレン氏の選出という形で、米国パビリオンのプロジェクトは新たなスタートを切りました。この背景には、関係者間の迅速な対応と、2026年というビエンナーレの重要性に対する合意があったと推測されます。

今後、アレン氏がどのような展示を準備するのか、そしてその作品が世界のアートファンにどう受け止められるのか。2026年のヴェネチアは、米国パビリオンの動向に全世界の注目が集まる舞台となるでしょう。混乱の裏側から生まれる、新たな芸術の結実を静かに見守りたいと思います。