中村隼人
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中村隼人:松本幸四郎との「女殺油地獄」Wキャストが明かす、歌舞伎役者の真骨頂と新世代の挑戦
歌舞伎界の重鎮である松本幸四郎と、若き息子である中村隼人。この親子が、歌舞伎の金字塔とも言える演目「女殺油地獄」で共演を果たすというニュースは、2025年秋の歌舞伎ファンにとって大きなトピックとなっています。殺しの場面を「快楽」として表現するという、難易度極めて高い役柄を、父子がどのように演じ分けるのか。その意欲と芸術的探求に迫ります。
親子の絆と芸道の継承:「女殺油地獄」に挑む松本幸四郎と中村隼人
2025年11月〜12月に上演される「歌舞伎座十一月大歌舞伎」で、松本幸四郎(七代目)とその息子である中村隼人が、歌舞伎十八番の一つ「女殺油地獄」でWキャストを務めることが発表されました。この演目は、江戸時代の元禄期に実在したとされる吉原の女郎・小春が、過酷な商いと借金地獄から抜け出すため、養母を殺害したという実話を基にした「実録物」です。
特に、小春が養母を扼殺する場面は、歌舞伎の中でも最も緊張感が高く、演技力が問われるシーンとして知られています。幸四郎は、この殺しの場面について「快楽を感じる」という独自の解釈を披露。それは、単なる悪女ではなく、自己の欲望と生存本能に忠実なキャラクターを深く理解しようとする歌舞伎役者の芸術的探求の表れです。
一方の隼人は、父の幸四郎が演じる「吉右衛門系」の型とは別に、師匠である仁左衛門の型を継承し、その美しさを追求すると語っています。同じ舞台で、異なる型を演じ分ける親子の姿は、歌舞伎界の「継承」と「革新」を象徴するものと言えるでしょう。
松本幸四郎の言葉(au Webポータルより) 「とても大好きで思い入れのある作品」
幸四郎が愛するこの作品で、自らの芸道の集大成を示す一方、隼人が父の背中を追う形で、自身の役者としての技量を世に問う舞台となる予感がしています。
「快楽」と「美」が交差する、殺しの舞台裏
「女殺油地獄」のクライマックスである殺しの場面。その演技の核心にあるのは、暴力性を「美」に変換する歌舞伎の粋です。
松本幸四郎は、小春が養母を扼殺する瞬間を「快楽」として捉えることで、キャラクターの心理的歪みと、そこから生まれる不気味な魅力を表現しようとしています。これは、単なる悪女役を演じるのではなく、人間の根源的な欲望を炙り出す、高度な演技論です。
一方、中村隼人は、師である松本幸四郎(仁左衛門)から受け継いだ「女殺油地獄」の型を大切にしつつ、殺しの場面を「美しく」と語っています。これは、隼人が歌舞伎の「型」の奥義を極めようとする意欲の表れです。
中村隼人の意気込み(スポニチアネックスより) 「仁左衛門の教えを明かす」
隼人は、師匠である仁左衛門(幸四郎の弟弟子)の型を継承し、その美しさを追求。父である幸四郎の演じる「吉右衛門系」とは異なる、繊細で妖艶な演技で観客を魅了する構えです。
このように、父子が同じ役を「快楽」と「美」という異なる視点で演じ分けることで、舞台は二重の意味で深い奥行きを帯びることになります。
歌舞伎界の「父子」タッグが持つ意義と期待
歌舞伎界において、親子が同じ舞台に立つことは珍しくありません。しかし、松本幸四郎と中村隼人のタッグが注目される理由は、その地位と役割の大きさにあります。
松本幸四郎の存在感
七代目松本幸四郎は、歌舞伎界を支える大看板。その演技力は勿論、近年は能や狂言にも挑戦し、伝統芸能の枠を超えた表現者としての地位を確立しています。彼が「女殺油地獄」で「快楽」という解釈を示すことは、単なる古典の再現ではなく、常に新たな解釈を模索する芸術家としての姿勢そのものです。
中村隼人の成長と役割
一方、中村隼人は、歌舞伎界の「新世代」を担う若手スターです。彼の演技の師匠は、松本幸四郎の弟弟子である七代目松本幸四郎(仁左衛門)。「仁左衛門系」の美しさを体得しつつ、父幸四郎の元で修行を重ねています。この親子関係は、単なる血縁ではなく、芸道における「継承」の構造を明確に示しています。
隼人は、父の背中を見ながら、しかし父の型とは異なる道を歩もうとしています。その挑戦が、歌舞伎界の次世代を担う役者としての成長を象徴しています。
記事のまとめ:歌舞伎の底知れぬ魅力を再発見する機会
松本幸四郎と中村隼人のWキャストによる「女殺油地獄」は、単なる親子の共演ではありません。歌舞伎の古典を、それぞれの世代・流派がどう解釈し、どう表現するかという、芸道の核心に迫る貴重な機会です。
幸四郎が語る「快楽」と、隼人が追求する「美しさ」。相反するように見えるその二つは、実は人間の深層心理を描くという点で共通しています。この親子が織りなす、激しさと美しさが同居する舞台は、歌舞伎ファンは勿論、歌舞伎に興味のない層にも、その魅力を伝えるに十分な内容となるでしょう。
2025年11月〜12月の歌舞伎座での上演が、ますます楽しみになる一報です。歌舞伎界の今後を占う、重要なブロックの一つとして、注目していきたいところです。